残業代請求は企業の義務

法的には、残業代の支払は企業の義務です。
企業によっては、従業員が管理監督者であるとの理由で残業代を支払わなかったり、固定残業代(毎月一律の金額を残業代の前払いとして一律に支払うこと)の就業規則を置いて個別の残業代を支払わなかったり、といったやり方をしているかもしれません。
しかし、これらのやり方は、裁判では認められないケースが多いのです。

管理監督者について

管理監督者については、残業代を支払う必要はありません。しかし、管理監督者というのは、一般用語の管理職よりもずっと狭く、銀行の副支店長やマクドナルドの店長などでは認められないという裁判例もあります。人事なども含めて完全に支店全体の運営を任せられているような支店長とか、経営者と同視できるような重役クラスでなければ、認められないケースと思った方がいいでしょう。

固定残業代の危険性

固定残業代については、きっちりと実際の残業代を計算して超過分を精算する必要があります。つまり、労働時間をきっちりと把握したうえで残業代の金額を計算し、万が一固定残業代では足りなければ、会社側が余分に払うというところまでやって初めて有効と認められるのです。
固定残業代が無効とされた場合、単に足らずの部分を支払えば済むというわけではありません。固定残業代分まで基本給に算入され、その金額で計算した全残業時間に相当する残業代を請求されることになる可能性が極めて高いので、危険極まりありません。
自分のところは大丈夫と思っても、本当に大丈夫か、弁護士に相談した方がいいでしょう。
少なくとも、今の判例の流れを考えると、固定残業代を導入するメリットはほぼないと私は考えています。

残業代未払が抱える大きなリスク

残業代請求とキャッシュフローへの影響

どの程度サービス残業をさせたかにもよりますが、残業代請求を受けると、多くの場合、かなり多額の残業代を支払うことになります。
給与が高い場合や残業時間が長い場合には、1人あたり数百万円になるケースもありますから、それ自体が、キャッシュフローに大きな影響を与えかねません。

一斉請求の可能性

また、あまりにも過重な労働を従業員の多くに課している場合、集団で残業代請求を起こされるケースもあり得ます。

例えば1人あたり100万円の請求でも、従業員10人にまとめて請求されたら1000万円。キャッシュフローへの影響は深刻です。
そんなことはない、と思われるかもしれませんが、従業員が完全に敵対関係になったような場合、従業員同士で話し合って、合同労組に加入し、一斉に会社に対して請求してくる、ということもあり得ない話ではないのです。阪急トラベルサポート事件という、旅行添乗員が残業代を組織的に行った有名な事件がありますが、当時の労働組合の組織率は、企業内組合、合同労組とも驚異的な数字だったようです。

退職時の請求と残された従業員のモチベーション

また、残業代は、多くの場合、何らかのトラブルで従業員が会社を退職する際に請求されます。
そのような場合、実際には、会社に対する不満(多くの場合、会社にとっては本人の自業自得と言いたくなるような内容)に関する損害賠償請求をしたいというのが従業員自身の本音ではあるのですが、現実には認められるケースが少なく、認められるとしてもきわめて少額に留まってしまうのが通常であるため、残業代請求を併せて行うケースが多いのです。
日本の制度では、慰謝料は少額にとどまることが多いため、このような場合、認められる請求の大半は残業代ということになります。

残業代請求を受けることにより抱えるリスクは、お金の問題だけではありません。
トラブルを起こして辞めた従業員が残業代請求によってまとまったお金をもらったとしましょう。トラブルの原因が従業員側にあったとしても、残業代未払は事実ですから、支払わざるを得ません。
そのことが他の従業員に伝われば、不公平感を感じてモチベーション低下の原因になります。会社経営にとって、従業員のモチベーション低下は、業績低下に直結しかねない問題です。

トラブル対応コスト

さらに無視できないのが、労働基準監督署からの指導を受けるリスク、訴訟対応せざるを得なくなるリスクでしょう。
労働基準監督署のチェックが入った場合、多くの従業員に対して残業代を支払わざるを得なくなる事態も想定されますので、予定外の多額の支出につながります。

トラブル回避のためには制度見直しをするべき

このようなリスクを回避するためには、早期に制度を見直し、残業代が生じないようにしておくことです。
就業規則の見直しや労務管理方法の見直しを通じて、会社として盤石な体制を築いておくべきです。
また、1人の従業員から残業代請求をされて支払った後、制度を見直さないままでいると、不満を持った他の複数の従業員から残業代を請求される可能性もあります。

私は、労働者側からの事件も受任しますが、労働者側から相談を聞く場合、会社に対して不満があり慰謝料請求をしたい言われることは多いのです。しかし、多くの場合、慰謝料として認められるのはごく少額です。
このため、残業代を請求出来ないかを必ずチェックします。

残業がさほど多くなければ、費用対効果に見合わないことを説明し、請求自体をお断りするケースも多いのですが、残業代でそれなりの金額が確保できる見込があれば、慰謝料請求も併せて受任することになりやすいのです。
つまり、残業代について適切な制度を構築しておくことは、その他のトラブルでの紛争を最小限に留める効果があります。

時効延長の見通し

残業代を含む給与債権は2年の短期消滅時効が設定されていました(通常の時効は5年または10年だったのものが多い)。
しかし、民法改正で、これまで短く設定されていた消滅時効期間は廃止され、軒並み5年に統一されました。
この影響から、残業代請求についても、2020年4月から当面3年に延長されました。さほど遠くない将来、5年に延長されると思われます。

この延長は、単に金額が増えるというだけではすみません。請求される可能性も上がる可能性が高いと思った方がいいでしょう。金額が少額なために諦める、というケースが少なくなるからです。

というのも、2年分の残業であれば、私の経験上、数十万円~100万円台前半に留まるケースが大半でした。大雑把に説明すると、月給30万円の従業員に平日毎日1時間ちょっと残業させていたり、休日出勤を1日させていた場合、100万円台前半程度の残業代になるようなイメージですので、多くの会社でありうる数字ではないでしょうか。

これくらいの金額の場合、従業員本人もまあいいかと思うことが多いですし、弁護士としても、手間の割にあまり多くの費用をいただけないため、受任に消極的な弁護士が少なくありません。

しかし、3年になれば、単純計算でにこの1.5倍請求できることになりますし、5年になれば、2.5倍請求できることになります。先ほどの月給30万円の従業員の例でも、300、400万円の請求が発生することになるのです。
これくらいの金額になれば、請求しようとする人は大幅に増加するでしょう。
企業のリスクは倍増ではすみません。

実際に残業代請求をされた場合に、迅速に処理する必要性

残業代を請求された場合、迅速な対応を取ることが重要です。
残業代請求をしてくるケースの多くは、弁護士や労働基準監督署、労働組合などに相談しています。専門的な知識の後ろ盾がありますから、とりあえず無視するという対応を取っても、従業員が引き下がるケースはほとんどないでしょう。先送りにしても、傷口が広がっていくだけです。
つまり大切なのは、早期に対応することです。

多くの場合、残業代請求は、内容証明郵便その他の文書の送付から始まります。この段階で、早期に対応することが必要です。
従業員側からの請求は、多くの場合、計算が過度に有利になっていたりする場合もあります。

例えば、タイムカードなどが手元にないため概算で計算しており多めになっていたり、消滅時効を無視して請求しているケースなどです。
まずは、相手の計算根拠や手元資料を確認し、相手が請求している金額が正しいかどうかを確認する必要があります。
実際に支払わないといけない金額が一定数ある場合には、訴訟や労働審判に持ち込まれる前に示談をする方が、会社にとって有利になることも少なくありません。

従業員にとっても、訴訟は時間も費用もかかりますし、金額算定にあたって裁判で認められるかが微妙な要素がある場合もあります。従業員側も、闇雲に裁判や労働審判などをすることは出来れば避けたいのです。
だから、裁判前であれば、判決や裁判の最終段階での和解に比べ少額の支払いでも、労働者側が納得してくれる可能性があります。当然のことながら、弁護士費用も比較的少額で済むケースが多いでしょう。

これら一連の見極めや方針決定は、労働問題に精通した弁護士に相談することが重要です。
私は、労働者側、使用者側の双方の立場で事件を見ていますから、お互いの言い分が理解できますし、案件に遭遇するケースもその分多いのです。

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